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名古屋高等裁判所 昭和27年(け)2号 決定

申立人 被告人荒川静雄の弁護人 鈴木匡

主文

名古屋高等裁判所刑事第一部が被告人荒川静雄の強姦未遂、強盗致傷被告事件に付、昭和二十七年三月十九日為した控訴棄却の決定は、これを取り消す。

理由

弁護人鈴木匡の異議申立の要旨は、被告人荒川静雄の強姦未遂、強盗致傷被告事件の控訴審において、弁護人鈴木匡は、右被告人から弁護人に選任せられ、控訴審である名古屋高等裁判所に何回となく弁護届の提出をしようとしたが、その都度訴訟記録が送付されていないので、送付後提出されたいとの事であつたが、右記録送付の事実を知り、昭和二十七年二月十一日朝、右事件を審理される名古屋高等裁判所刑事第一部に提出し、控訴趣意書提出期間の指定の通知を待つていたのである。然るに同年三月二十日突然右刑事第一部から、控訴趣意書を指定期間内に提出しないとの理由で、控訴棄却の決定の送達を受け、初めて、控訴趣意書提出期間の指定があつたことを知つたのである。然れども、裁判所は、弁護人が選任されていたにも拘らず、これに控訴趣意書提出期間を通知しなかつたもので、これは、刑事訴訟規則第二百三十六条第一項第二項に違反すること明らかであるから、右控訴棄却の決定は、違法であり、これが取消を求むるため、本件異議申立に及んだ次第であると謂うにある。よつて被告人荒川静雄の訴訟記録について案ずるに、同被告人は、強姦未遂、強盗致傷被告事件に付、昭和二十六年十二月二十七日名古屋地方裁判所で、懲役三年六月の有罪判決を受けたので、昭和二十七年一月九日適法に控訴の申立を為したところ、右訴訟記録は同年二月七日控訴裁判所である名古屋高等裁判所に送付され、同日受理され、同裁判所刑事第一部に配り当てられたこと、同刑事第一部裁判長判事河野重貞は、昭和二十七年二月八日、控訴趣意書差出最終日を昭和二十七年三月八日と指定し、昭和二十七年二月十一日午前十一時名古屋拘置所に勾留中の控訴申立人である被告人に対し、前記控訴趣意書差出最終日通知書及び訴訟記録受領通知書が名古屋高等裁判所廷吏粂井定次郎によつて送達されたこと並に弁護人鈴木匡の弁護人選任届が、昭和二十七年二月十一日名古屋高等裁判所に提出されたが、同弁護人に対しては、控訴趣意書差出最終日の通知が為されていないことが明らかに認められる。刑事訴訟規則第二百三十六条第一項第二項によれば、控訴趣意書差出の最終日の通知は、控訴申立人に為すと同時に控訴申立人に弁護人があるときは、右通知は、弁護人にもこれをしなければならないもので、右の通知は、通知書を送達してこれをしなければならない旨が規定せられていて、本件において、この規定が守られているかどうかについて案ずるに、控訴趣意書差出の最終日の通知書が控訴申立人である被告人に送達せられる以前に弁護人の選任があつたときには、その弁護人にも右の通知書を送達すべきものであるが、控訴申立人に右の通知書が送達された後において、弁護人の選任があつたときは、同弁護人は、控訴申立人から趣意書差出の最終日を聞いて知ることができ、且つ弁護人選任届を提出するとき訴訟記録により、如何なる段階にまで、訴訟が進行しているかを知り得るし、かかることを承知の上弁護人に就任したものと認め得るので、改めて、控訴趣意書差出の最終日を通知するの必要がないものと解すべきである。然るに本件においては、控訴申立人に対して、前記通知書が送達せられたのは、昭和二十七年二月十一日(月曜日)午前十一時で当裁判所訟廷課受付係滝戸義男の報告書によれば、弁護人選任届が提出されたのも同時刻頃で、時間の前後の判定は極めて困難であるが、名古屋拘置所と名古屋高等裁判所とは徒歩で数分の距離しかなく、送達をする廷吏が長い時間通知書を所持することもないので、通知書の発送されたのは、同日の午前十時以後であることが推認され、その頃から午前十一時頃までに弁護人選任届が提出されたものと認めることができる。右の事情の下においては、弁護人鈴木が本件控訴申立人の弁護人に就任したとき、同弁護人は、控訴申立人から控訴趣意書差出の最終日の伝達を受けることも、又訴訟記録を見て、右通知書の送達があつたことを知ることは、全く不可能に属する。更に廷吏送達報告書の記載を見るに、弁護人を選任するか否かの弁護人選任に関する通知書を送達した旨の記載がないので、控訴裁判所として、既に弁護人が選任せられているので、右通知をしなかつたのではないかとの疑問も生ずる。右のように控訴申立人に控訴趣意書最終日の通知をしたのと弁護人選任届提出が同時刻か又はその前後か全く不明なときは、被告人の利益を守り、完全に弁護権を行使せしめるため、弁護人にも該通知書を送達すべきものと解するのが相当である。本件弁護人は、被告人のため保釈願を提出し、それに対し意見を述べて居り、且保釈申請却下の決定の送達を受けているので、訴訟記録を見るなり又は書記課に尋ねたりして、通常の注意を以つてすれば、控訴趣意書最終日の指定のあつたことは、極めて容易に知り得たものであり、これを知らなかつたのは、重大なる過失があつたことは認められるが、かゝる過失があつたことによつて、控訴趣意書最終日の通知をしなかつた違法が救済されたり、又は弁護人として異議申立権を喪夫したものと解することはできない。右のように、本件控訴裁判所は弁護人があるにも拘らず、これに控訴趣意書最終日の通知をせず、控訴棄却の決定をしたため、刑事訴訟規則第二百三十六条に違反する違法があることになり、従つて右決定は取消されねばならない。

本件異議申立は理由がある。

よつて刑事訴訟法第四百二十八条第三百八十六条第三百八十五条第四百二十六条第二項により、主文の通り決定する。

(裁判長判事 高城運七 高橋嘉平 判事 赤間鎮雄)

弁護人の異議申立理由

一、弁護人は被告人が控訴の申立を為して後何回となく高等裁判所に弁護届の提出に来たのでありますがその都度記録が御庁に届いてから後に提出して貰い度いとのことであつたのでその様に従い記録が御庁に送付された事実を知つて昭和二十七年二月十一日朝御庁に弁護届を提出し控訴趣意書提出期間の指定を待つて居たのであります。

二、然る処去る二十日突然御庁から控訴趣意書を指定期間内に提出しないから「本件控訴を棄却する」旨の決定を弁護人に送達されましたが今日に至る迄弁護人は未だ右控訴趣意書提出期間指定の通知書を受取つて居ないのであります。

三、本件は罪名が重罪犯であつて弁護人を要することは自明の事件であり今回控訴棄却決定を弁護人に送達されたのも御庁に於て弁護人を付すべき必要とその弁護人のある事実に基ずいて為されたものと考えます。

四、刑事訴訟規則第二三六条にも弁護人あるときはその通知は弁護人にもこれをしなければならない(通知発送の日には弁護人があつたのであります)と明記されて居り同第二三七条にも訴訟記録到達の通知は弁護人にしなければならないと規定し刑事訴訟法第三八八条には弁論は弁護人でなければならないこと及び同第三八九条に弁護人は控訴趣意書に基ずいて弁論すべきこと等を規定し事後審である控訴審に於ては弁護人に期待して居ることからしても少くとも同日に弁護届を提出した弁護人に対しては当然趣意書提出期間を通知されるべきものと信じます。

五、現に弁護人のないときには裁判所に於て選任し且つ趣意書提出期間も通知されて居るのが一般であつて(同日かそれ以前に弁護届の提出されて居る場合弁護人に対し通知なきは同日以前に弁護人ある者に対しては刑訴規則の明記されて居る規定に明かに反し又同日の届出も同様に解しないと趣意書提出期間経過後弁護人を選任すれば足るという様な矛盾を生ずる)斯くてこそ被告人が更に審理を受けんとする機会と利益も保護されるものであり裁判の威信も保持されるものと信じます。

六、然るに突如控訴棄却決定が送達されましたので記録を閲覧致しました処弁護人が御庁に弁護届を提出した日に弁護人に対しては何等の通知なく控訴人に対してのみ控訴趣意書提出期間の通知が発せられたようでありますが前述の通り弁護人にも当然同日通知されるべきものと思料致しますので控訴棄却の決定は御取消被下度願上ます。

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